アンガー・イッシュー(易怒問題!)②

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繊細過ぎるのですね。要するに。

 

★修行ざんまい★でも触れたように、好ましくない言い方をすれば「神経質」もっと正しく言うなら、そうです、繊細デリケートなのです。

 

繊細・神経質であるがために、些細ささいなことで動揺し、些細なことでイライラ・爆発してしまうのです。私の場合は。

 

「私の場合は」と申しましたのは、HSP(高敏感気質の人間)の特徴として、攻撃性とは逆の性質がしばしば指摘されるとおりでして(自信の無さ・消極性・周りに合わせ、自分を見失いがち=弱いイメージ)、私も人前では、なるほど、周りに合わせがちではあるけれど、自分を見失うことなど一切なく笑、また平和第一と願いつつ攻撃性も具えているので、私のような人間は、HSP、だけれどもあばれん坊なのです。

★高敏感気質人間・HSP①②③もあわせて、どうぞ)

 

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人里離れた山奥の一軒家、そこに一人暮らしってワケじゃないよね? ダンナも子供も居て、周りにご近所さんなんかも居るんだとすると、大暴れとか絶叫とか、・・・どういうこと? 普通、できないよね。

 

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はい、そうですよね。普通、ちょっとできません。なので、そういう意味でも普通じゃない、ということになるのでしょう

 

ここは住宅街です。が、家と家の間隔はそんなに近くはありません。とはいえ本気で絶叫したら、表までその声は届いてしまうことでしょう(家の中に居る人たちの耳にはさすがに届かないはずかと)。 

なので多分、何度か私のシャウトは聞かれているに違いありません(本物の絶叫はなるべく控えるようにしています)。近所づきあいはほぼ無いので、・・・まともに近所づきあいしてたら、恥ずかしいですよね 

 

もっと気になるのは、そうです、私の問題と向き合わざるを得ないダンナと息子の存在です 

心から申し訳ない、と思っております 

 

しかし激しい怒りに駆られた場合、完全に理性を失いコントロール不能になったことはまだありませんが、それに近い取り乱しようなので、彼らの目には私が制御不能な状態に見えるのではないでしょうか。 

ダンナに負わせてしまう心の負担、と同時に、思春期の息子の精神に好ましからぬ影響を与えていることは間違いないので、その辺を思うと、気がかりでもあります。 

 

息子の目には、私という母親がまるでジキルとハイドのように見えているのかもしれません。激しい落差――大丈夫な時と大丈夫じゃない時の浮き沈みが、自分自身耐えられませんから、息子にとっても見ていて(そして聞いていて)たまらないに違いありません。 

 

私が日本に居た頃、両親と深く話し合えたことがなかったので、この点がとても残念に感じられることから、私は息子の話に耳を傾けるよう、やってきました。 

なので彼とは下らないことからまじめなことまで、けっこう色々と話し合っております 

そして、世の友達親子の在り方をダメ出しつつも、小中学生のようなふざけ方を息子と一緒にしていることがしばしばあり、何というか息子は、私にとって、この世で一番自分のバカをさらけ出せる相手というふうにも言えるようです(大爆笑も多々あり)。 

通常私はヒトに向かって変顔など、絶対にやらないのですが、息子の前ではつい気まぐれに、本物のグロテスクな変顔を披露することもあり、また突如異様にハイテンションになってみたりで、・・・そんなふうに楽しいお母さんが、何かの拍子に恐ろしいヒステリーババアに変貌してしまうので本当に、申し訳ないです 

 

彼らの前ではなるべく、モノへの虐待も控えるようにしてますが、それでも、椅子を蹴りつけたり(1回だけ)流し台をぶん殴ったり(これは1~3回)、そういう場面はつい見せてしまっております 

 

ダンナへの思い、これはちょっと複雑でして、彼に対しては、最大の味方である、と同時に最大の敵であるかのように憎らしく感じられてしまうことがあります。

 

最大の味方としてのダンナ、これについて申しますと 

 

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そんな色々やってくれる良い旦那さんで、なに文句言ってんだよ。おまえ、ゼータクだよ。おまえが断然悪いよ!

 

のような感想を持たれそうですし、また「のろけてんじゃないよ」のように思われては更に不本意ですから、触れずにおこうとも思いましたが、まったく触れないワケにもゆかないので、なるべくサラッと、その辺もお伝えいたしましょう。 

 

彼は料理が好きです。なのでけっこう料理もやってくれます(夕飯は私がやりますが)。それ以外の家事などもお願いすればやってもらえます 

またいわゆる裏切り行為的なことも無い、と断言致します。裏切り行為ができる金銭的余裕もなく、実際お金もほとんど使わず、友達も私同様少ないので、仕事からまっすぐ帰宅、あやしい電話の類やら、とにかく考えられる限りのあやしいサイン(兆候やら形跡)がまったくありません。 

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だまされてんだよアンタ。

 と言われればそれまでですが、はっきり申しましょう。

 

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どんなに小さなあやしいサインでも、断じて見逃しませんよアタシは!!

 

また、話もよく聞いてくれます。 

第一に、こういう問題多き私なのに、全面的に受け入れてもらえているーーそこを実感できることから、彼に対する信頼感と感謝の念はかなり大きいです 

 

他にもまだ出てきそうですが、やっぱりおのろけのように受け取られたくないので、このくらいにしておきます 

 

彼が最大の敵に感じられる要因――時に小憎らしい・小生意気な言い方をする・放置癖・散らかし癖・やることの多くが中途半端・お願いしてることはなかなかやってくれないのに、やらなくていい事(むしろやってほしくない事)に関しては率先してやってくれる・愚にもつかない言い訳をするーー等々、まだまだ出てきそうですが、まあ、夫婦ものにはよくある話の類です。

こういう小さなイライラの積み重ねが、溜まりに溜まって、無性むしょうに許せないような気持ちにさせられたりするんですね。 

 

そんなこんなでカーッとなっている時などは、

 

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テメエだよ・・・!
テメエがあたしを狂わせるんだよッ!

 

と、また非常に口の悪い私が出てしまい、彼が日本語を理解できないのをいいことに、日本語で罵倒ばとうしまくる、なんてことがしょっちゅうです(面と向かってではなく、激しい独り言という形で)(ケンカとなればもう、それはそれでまた、口の悪い私が出てしまうのですが)(しかし決まっていつも、仲直りの大団円だいだんえんで終わらせるようにしています。基本的には平和主義者ですからね)。 

  

というように、彼らによって心がかき乱されることは多々ありますが、それもこれも私の過敏性のためであり(と言いつつ「100%自分が悪い」などとは到底思えない私。なぜなら「私のいきどお りというのは、正当な怒りがほとんど」と信じて疑わないので)・・・どんなにイライラさせられようが、彼らが私の支えになってくれていることは確かです。なので彼らのためにも私は、これら諸問題を克服しなければならないのです。 

 

そのために試みたことの第一発目が、カウンセリングでした。 

もう10年ちょっと前の話です。 

男のカウンセラーでした。 

ジェフという恰幅かっぷくの良い中年で、髭面ひげづら。カジュアルな感じ(フレンドリー風な態度・話しぶりでありながらも、表情にやや強張こわばりが)。 

カウンセリング・ルーム内全体の印象は可もなく不可もなくでしたが、カウンセラーの前に座ると、いくつか気になるアイテムが目に飛び込んできました。 

それらが何だったか、すっかり忘れてしまいましたが、スポーツ関連の何かでした。ゴルフとか野球とかフットボール・・・とにかくスポーツに関する置物と言いますか(スポーツ関連の本もあり)。

 

そこでまず、がっくり。 

 

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ああ、場所を間違えたア!

という心境です

 

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私の心を、キミに掘り下げられるかな?

のように、そのスポーツ系カウンセラーをついあなどってしまったんですね 

 

いえ、スポーツ系の人々すべてを否定しているのではないのです。

 

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「スポーツマン=脳みそも筋肉」なんて偏見があたしの中にもちょっとあるけど、それは間違いよね。知性派スポーツマンだってたくさん居ますもの。

 

スポーツ好きだけれどもとても優秀なカウンセラー、精神科医、心理学者も居るに違いありません 

ただそのカウンセラーが、軽めに見えちゃったんですね。チャラい、というのとも違うんですけど、ちょっと深みというか重みというか、そういう要素が足りな過ぎたのです。 

 

しかしそれでも、カウンセリングを受けるからには(良い結果を得るためには)、そういう意識にふたをして、全面協力を心掛け、試みたのです 

2回目からダンナも交えてのセッションとなり、時には別々だったりで、けっきょく全部で10回くらいでしょうか、カウンセリングを受けたのは。 

 

カウンセリングの目的はアンガー・マネジメント(怒りの感情を制御するスキルを学ぶ)だったのですが、次第にダンナの転職やキャリア的な方向へ重点的に話が傾き出し、・・・そもそもそのカウンセラーはスポーツ選手やビジネス関連のカウンセリングが専門だったので、無理からぬ流れではありますが、その辺で、そこでのカウンセリングに対する私の意欲はすっかり萎えてしまったのです。 

また、彼の方からも「心の裡側うちがわを深く掘り下げてゆく、といったことは僕の専門外なので・・・」と言われもしたことから、もう通う意味はないと悟り、それっきりとなりました。 

 

私たちが加入していた保険の関係から、その人を安易に選んでしまい、彼の専門について知ったのは2回目のセッションからということになってしまって・・・これを教訓に、次回からはしっかり吟味ぎんみしてヒトを選ばないと、と学ばされた次第です。 

 

最初の印象通り、そこでのカウンセリングは場違いではありましたが、一つ良いメソッドを学びました。「アクティブ・リスニング」といいます 

 

直訳すると「活発に積極的に聞く」となりますか。 

人間関係を円滑にするための方便として、夫婦関係に限らず、これはなかなか良いものだと思いました。 

基本は人間2人で行います。どちらが話す側になるかを決め、もう一方は聞く側に徹する。話者は心にあることを何でも語ってよく、聞き手は、単なる聞き手としてボーッと聞いていればよいというワケではなく、あくまでも「アクティブ」に、相槌あいづちをうったり、話を掘り下げる助けとして質問を投げかけたりするんですね。 

 

その間にやっちゃいけないのは、話者の言っていることを否定したり、助言的なことを口にしたりしてはダメなのです。どこまでも肯定的に耳を傾けてやるのです。 

やってみるとこのアクティブ・リスナーの役割というのが簡単ではない、ということが分かります。夫婦間でやるとなると、つい、相手の言ってることに対し、己の意見を挟みたくなっちゃうのです。話題が自分らの問題に関して、となると尚更に、黙って聞いていられなくなり、つい、自己弁護的なことを口走ってしまったりで、・・・数回試みて、それっきりになってしまいました 

 

惜しいです。 

ちゃんとできれば本当に素晴らしい結果がもたらされるので。特に話す側にとって 

自分の言うことに対して、相手がそのすべてを肯定的に、そしてじっくりと耳を傾けてくれているのだと実感することで、

 

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そんなにまで話を聞いてくれて、ありがとう!!

という感謝の念がビックリするほど湧いてきます。そうすると

 

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今度はあなたの話も、じっくり聞いてあげたい! 何でも話してちょうだい。丸ごと受け止めますから!

 

という欲求まで沸き上がってくるのです。 

 

これに関しては、完全に私が敗者です。 

ほんとうに私は「聞いてくれてありがとう!」という感謝の念でいっぱいになり、感動すら覚えたくらいなのに、自分がリスナーになった途端、気がついたら遠回しに自己弁護したり、ダンナの言ってることを訂正してみたり、というようにやっちゃいけないことを、つい、やってしまうのでした。ダンナの方が、アクティブ・リスニング上手でした。 

 

などというと、私が如何にも自己中かつ自己顕示じこけんじの強い面倒くさい人間のようですけど、普通の会話では、私はかなり人の話をよく聞きます、本当です! 

やっぱり相手が夫だと、つい甘えが出ちゃうんですね。身内だとこれは難しいです 

   

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ところで皆さん、こんなことを聞かされて、どうです、楽しいのでしょうか・・・?

 

何だかまた、要らぬことをどんどんお伝えしているような、そんな気持ちになってしまい、ちょっと不安です 

私はいったい、どこまで書いたらよいのでしょう・・・ 

 

「次に受けたセラピー、そのことも書け」 

って、聞こえてきます(心の中で)。 

 

うぅうん・・・

そう、じゃあ、書きます。書いてみましょう。 

「なるべく短めにな」 

はい。

 

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皆さん、私は大丈夫ですよ笑!

 

★アンガー・イッシュー(易怒問題!)③ に続く